埼玉司法書士会

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■経営者のための相続・遺言(Vol.5)~生前から準備する相続財産の明確化について~

 企業経営者の方に限った話ではありませんが、相続手続において大事なことの一つは相続財産の明確化です。相続財産とはお亡くなりになった方の死亡時の財産の全てです。相続手続とは、この相続財産を相続人の方に引き継ぐ手続きのことをいいます。したがいまして、どの財産を引き継ぐのか明確になっていない場合には相続手続はできないですし、相続人の認識していた相続財産の範囲と実際の範囲に違いがあったのに、それに気が付かないまま、遺産分割協議などをすると問題が生じる場合があります。

 たとえば、あくまでも仮の創作事例ですが、Aさんは、甲社と乙社の2つの会社を、ご自身が代表取締役として他の取締役や従業員を雇わずに1人で経営していましたが、交通事故で突然お亡くなりになり、相続人は長男Bさんと二男Cさんだったとします。Aさんは遺言書を遺していませんでした。そしてBさんとCさんで話し合いをして、ご自宅はBさんが相続し、タンスにしまってあった現金1千万円はCさんが相続するといった内容の遺産分割協議書を作成しました。ところが、ご自宅の登記内容を確認したところ、ご自宅の所有者はAさんでなく甲社であり、また、タンス預金の1千万円は、実は甲社の運転資金であることが判明しました。どちらもAさんの財産ではなく甲社の財産なので、この遺産分割協議書は無意味なものになるわけです。また、乙社は経営実態がない会社でしたが、軽井沢に時価1億円の別荘を保有していました。そして、Aさんの弟が、BさんとCさんに対し、乙社の株式の半分を私が所有しているのだから軽井沢の不動産の半分も私のものだと主張してきました。しかし、株主名簿が見つからずに、Aさんの弟が株式の半分を保有しているのか真偽不明になりました。結果として相続手続が進まなくなりました。

 この様なトラブルを避けるためには、Aさんが遺言書を作成しておくことが望ましいです。しかし、何らかの事情で遺言書を作成することができない場合には、Aさんが生前にきちんと自分の財産、つまり、自分が死亡したときの相続財産が何であるかをリスト化して、そのリストの所在を相続人になる人に伝えておくことが大事になります。特に複数の会社を経営されている方の場合には、どの財産が個人のもので、どの財産が会社に属するかを明確にしておきましょう。この場合の財産とはプラス財産、マイナス財産(負債)の両方です。売掛金や仕入代金などの流動的な財産がある場合には、それらを確認する方法を文書にして残しておきましょう。さらに、会社の所有者たる株主が誰かを記載した株主名簿の原本の保管場所も記載しておきましょう。事例で取りあげたAさんがお持ちの株式もAさんの財産であり相続財産になります。株主がAさん1人だけであったとしても、その旨を記載した株主名簿を作成しておくことは必要です。

 これらのリストを作成し、その保管場所などを記載したメモ書きなどを添えて、ひとつの封筒にまとめ、封印して、自分が死んだ時にはその封筒を開けるように伝えておきましょう。

 終活は、相続税対策に目がいきがちですが、相続財産を明確にしておくことも大切ですので、準備されることをお勧めします。

(司法書士 綾 賢一)

※越谷商工会議所会報「鼓動」 令和7年5月1日から転載

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