■「経営者のための相続入門」こんな人は遺言書を書いておこう-Vol.3
昨年7月1日に施行された改正相続法の主眼点のひとつは、遺言法制の整備でした。今回は、遺言書を書いておくべき場合についてお話いたします。
遺言書を遺しておくことの財産上の効果は、遺言書に記載された内容の範囲内については遺産分割をする必要がなくなることです。遺言書があれば、その遺言書で利益を受ける相続人や受遺者が拒否しない限り、その内容のとおりに財産の承継が行われ、他の相続人の協力(具体的には署名、実印の押印及び印鑑証明書の提供)が必要なくなります。ということは、遺言書を遺しておくべき場合とは、遺産分割の方法では財産承継ができない場合、また、遺産分割が成立しにくい場合のことになります。これには、3つの場合が想定できます。
1.相続人でない者に遺産を承継させたい場合
ある人が死亡した場合、誰が相続人になるかはあらかじめ民法で決められており、これ以外の者に財産を承継させるには、遺言で承継人を決めておく必要があります(この場合は「遺贈(いぞう)する」と言います)。
2.遺産分割が成立困難になることが予想される場合
遺産分割は原則として話合いです(話合いがまとまらない場合、裁判所の手を借りることはできます)。従って、相続人となるべき者同士の折り合いが悪く、話合いが紛糾しそうな場合はもちろんですが、話合いそのものがしにくい場合、また、できない場合、遺産分割は難しくなります。
最近では、相続人の一部が海外に居住しており、連絡が取りにくい場合がよくあります。それくらいならよいのですが、相続人の一部が長年にわたって音信不通である場合もあります。前者はまだしも、後者の場合、遺言書がないと、遺産分割の前に裁判所の手続(不在者財産管理人の選任または失踪宣告)を先行させる必要があり、これには費用も時間もかなりかかります。
3.承継させるべき相手と財産があらかじめ決まっている場合
この必要性が高いのは事業者です。事業者の遺産には、事業用財産と非事業用財産がありますが、遺言書を遺しておかないと、すべての財産の帰趨(きすう)を遺産分割で決めなければなりません。特に、事業承継者が相続人の一部で、事業承継者にならない相続人がいる場合、遺言書がないと、事業用財産を事業承継者に承継させるために、非事業承継者の協力を必要とし、協力が得られずに長期にわたって紛糾すると、その間、事業の遂行に支障が出ることがあります。今回の改正相続法においては、遺留分制度が見直され、遺言によって遺留分を侵害しても、遺言の一部が効力を失う事態がなくなり、侵害額について金銭で補填すればよいことになりました(手許に補填する金銭がなければ裁判所が期限を設定してくれるようにもなりました)ので、遺言によって財産を承継することが容易かつ確実になりました。
具体的にどんな遺言を遺すべきかは千差万別です。内容についてはもちろんですが、どの形式で残すかについても、形式ごとに利点・欠点がありますので、実際に遺言書を作成する前に、ぜひ、司法書士に相談いただくことをお勧めいたします。
(司法書士 鈴木 一也)
※越谷商工会議所会報「鼓動」 令和2年11月1日から転載